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Dr Maedaのニューヨーク奮戦記(16)

講座だより

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Dr Maedaのニューヨーク奮戦記(16)

12/2018

「Emergency Departmentと社会の闇」

研修の一環として、2年目でED (Emergency Department) のローテーションがあります。アメリカの救急外来はいわゆる「北米型ER」の形式であることが多く、軽症のwalk-inから救急車まで幅広く患者さんを受け入れます。Mount Sinai Beth IsraelではEDは成人部門、小児部門、精神科部門に分かれています。我々は成人部門でのローテーションなので他に関しては診ませんが、ふだんと違うセッティングでの診療は刺激になります。

多くは軽症ですが、STEMI、脳卒中、急性呼吸不全、心肺停止蘇生後などの患者さんもやってきます。ED providerの仕事は患者さんの状態を安定化させ、disposition (入院か帰宅か、入院ならどの診療科か) を決定することであり、確定診断をつけることではありません。したがって、その決定ができた段階で当該科に連絡をし引継ぎを行います。産婦人科はBeth Israelではもうやっておらず、日本のように専門科が直接主治医になるシステムではないので、このプロセスはかなりシンプルです。具体的には、手術が必要ならSurgery (一般外科) 、STEMIや重症の急性心不全はCCU、循環器疾患以外で人工呼吸や昇圧剤が必要ならMICU、24-48時間以内の退院が見込めそうならObservation Unit、それ以外はすべてMedicine (内科一般病棟) となります。だいたい一晩で10-20程度の患者さんがMedicineに入院となります。

一般外来とは違って保険の制約が基本的になく、ED・病院が社会的に困窮している患者さんの駆け込み寺と化している部分が大きいです。これに関しては私の理解を超えていますが、個人的な印象としてはホームレスと薬物依存(往々にしてその両方)が非常に大きなウェイトを占めています。雨の日や寒い日の夜にあいまいな主訴(malingering詐病の場合もある)でEDにやってきてご飯を食べてひと眠りしてから帰っていくホームレスの人はたくさんいて、こちらはそれらしい検査をして(せざるを得ず)適当なところで帰宅を促し、往々にしてSecurity (警備員) を呼んでEDから出てもらうことになるのですが、根本的な問題は解決できないため釈然としません。もちろん本当に身体的な問題を抱えている場合も多く、かかりつけ医は基本的にいないので重症化して入院となるケースも多いです。

薬物依存に関してはやはり日本よりも深刻で、急性アルコール中毒で運ばれてくる人は毎日のようにいます。けいれんやDT (delirium tremens振戦せん妄) といった重症のアルコール離脱症候群もよく遭遇し、入院診療では看護師が行ってくれるCIWA (clinical institute withdrawal assessment) に基づきdiazepam (Valium) やlorazepam (Ativan) といった短時間作用型ベンゾジアゼピンを頓用で使用するのに加えて、長時間作用型ベンゾジアゼピンのchlordiazepoxide (Librium) を症例に応じて使用します。
Overdose (薬物過量内服) も多く、よくわからない意識障害ではurine toxicology testでオピオイド、アンフェタミン、コカイン、ベンゾジアゼピン、カンナビノイドなどの薬物を検査するのと、血中アルコール、アセトアミノフェン、サリチル酸濃度を測定します。ヘロインやフェンタニルによる急性オピオイド中毒ならnaloxoneで対応できますが(救急隊が投与しながらやってくることも多い)、わけのわからない合成カンナビノイドなどurine toxicology testで引っかからない薬物になるとなかなか難しいです。

オピオイドを求めてEDにやってくる人に対して、PMP (Prescription Monitoring Program) のウェブサイトからrestricted medicationの処方履歴を確認し、不要な投薬・処方をしないようにすることは非常に重要です。依存症の原因になるのはもちろん、処方されたオピオイドを売ってお金にしているパターンもあるようです。

超大国アメリカの大都会ニューヨークですが、社会の闇も想像を絶するほど深いというお話でした。

写真は10月にボストンに家族旅行に行ったときに訪れたマサチューセッツ州議事堂です。都会でありながら歴史も深く、京都のような街でした。

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