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Cancer Research UK留学記

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 Cancer Research UK留学記
京都大学医学部附属病院 初期診療・救急医学講座 大学院1年 趙 晃済

 初期診療救急医学教室大学院生の趙晃済と申します。3ヶ月という短期間ではありましたがこの夏から秋にかけてイギリスに留学する機会に恵まれましたのでご報告いたします。

小生は昨年度まで神戸市立中央市民病院に在籍し2009年4月から本教室に大学院生として入局したのですが、諸先生方の勧めもあって研究に関しては基礎系の教室にお世話になっております。 留学の話を頂いたとき、大学院入学前まではほとんど実験の経験はなかったこと、英語が苦手なこと、 加えて海外旅行の経験は豊富なものの先進国は初めてという言わばdeadly triadであったことからいったんは二の足を踏みましたが、基礎、救急両教授から「行ったらどうにかなる」という魔法のお言葉を拝受し、 出発前に出来る限りの準備を行い、何かあったらその時考えればいいという先送り戦術で臨みました。 蓋を開けてみると最大の問題は衣食住、特に食であったという牧歌的なオチがつくほど研究に関しては比較的スムーズに入り込むことができました。

留学先はロンドン郊外にあるCancer Research UK(CRUK)という施設で主にDNA修復に関する研究を行っています。ノーベル賞受賞者もいるような純粋な基礎系のこの研究機関の母体は慈善団体で、 民間の寄付によって成り立っているようです。例えば街なかにはCRUKの看板を掲げた雑貨店が散見され、HP上では寄付を募るなど、日本ではちょっと想像がつきにくい経営スタイルです。 施設内には研究室が10余りあり、夫々がグループリーダー1名、スタッフ研究員2~3名、ポスドク5~10名かそれ以上、場合によってPhDコースの学生といった構成です。 小生が所属したのは30代半ばのイギリス人がリーダーのDNA Damage Response Labというところで、メンバーはヨーロッパ各国からがメイン、一部北米大陸・アジアからといった具合で日本人はいませんでした。

そもそもこの留学話が出たきっかけは両研究室間で共同研究を行っているからで、現地での研究内容は基本的に日本でやっていたことを継続して行いました。 先人達が指摘するに違わず大抵の人は平日の日勤帯のみ活動していました。彼らのコストパフォーマンスの秘訣に関して日本での研究者の労働事情に詳しい研究員に聞いたところ、 氏曰く、雑用がなく実験に集中できる、情報が集積しやすいので無駄なことは回避できるとのことでした。私見では後者の情報共有の垣根が低いことが最大の要因であると感じました。 このように実験以外の雑用はほぼなく、日常的にディスカッションをする習慣が確立されていて人間関係も比較的良好な環境を目の当たりにする中で、 巷間伝え聞くところの、海外ポスドク時代が一番楽しかったと(帰国後) 基礎系研究者がしばしば述懐しているという都市伝説の一端を伺い知ることができました。

基本的な実験手技に関しては4月から集中してトレーニングをしていったので大きな問題はありませんでした。 ただ日本とイギリスの両研究室では対象とする分子は似通ったものながら扱う材料や実験手法が異なるため試薬、機器等の手配では苦労することが多く、 施設内のすべての研究室を訪れ拙い英語で尋ね回るというようなこともありました。何かを聞いたり頼んだりすると極めて紳士的に乳飲み子に話すようなわかりやすい英語で対応してくれますが、 基本的にはspoon feedingは期待できず、好意的に解釈すると一人前扱い、直訳すると放任でしょうか。狩猟民族・多民族社会であるからか、 ある程度assertiveでないとsurviveできない仕組みになっているのかも知れません。

以上のように、研究、生活面でそれなりに苦労もあったにもかかわらず忘却という記憶の美化作用も相まって、充実した3ヶ月となりました。ヨーロッパという場所は少なくとも小生にとって、 のんびりしている、銃が少なくて(恐らくアメリカより)夜でも比較的安全、過去2000年くらい世界史の中心だった、陸路空路が発達していて何かと便利であるという点で合っていたように感じます。

末筆ではございますが、このような貴重な機会を提供して下さった放射線遺伝学教室の武田教授、実験の指導をして下さった先生方、 留学中に物心両面から全面的なご支援を下さった小池教授はじめ救急の先生方に厚く御礼を申し上げます。

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